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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)5号 判決 1963年2月14日

原告 恒和化学工業株式会社

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三五年抗告審判第六二六号事件について昭和三六年一二月二〇日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因としてつぎのように述べた。

一  原告は、昭和三四年五月九日に、別紙記載のように「MOTH-KILLER」の欧文字を横書し、その下部に「モスキラー」の片仮名文字を左横書に併記した商標(以下、本願商標という。)について、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条の規定による類別(以下、旧類別という。)第七〇類「セメントを主材として防藻剤、防虫剤、防菌剤を混和して成る防藻、防虫、防菌塗布材」を指定商品として(昭和三四年一一月四日附訂正書で訂正)登録を出願したが(昭和三四年商標登録願第一四〇〇一号)、同三五年一月一二日拒絶査定を受けた。原告は、これを不服として同三五年二月二七日抗告審判を請求したが(昭和三五年抗告審判第六二六号)、同三六年一二月二〇日に抗告審判の請求は成り立たない旨の審決があり、右審決謄本は同月二七日原告に送達された。

二  審決は、本願商標は旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第一条第二項に規定する特別顕著性を欠いている旨判断している。その要旨は、本願商標中「MOTH」は「が(蛾)、しみ」の意味であり、「KILLER」は「殺す人、消す物」という意味で、両語とも防虫関係の塗布材に、たとえば「モス〇〇」「〇〇キラー」等のように普通に使用されているから、本願商標は「が」等を殺すものを意味し、結局、その指定商品との関係において用途および効能を表示するに止まり自他商品を区別する標識としての特別顕著性を有するものとは認められない、というのである。

三  審決は、つぎの理由により特別顕著性の判断を誤つた違法があるから、取り消されるべきものである。

(一) 本願商標は、「MOTH-KILLER」および「モスキラー」の文字から成るものであるが、「MOTH-KILLER」は「MOTH」と「KILLER」とをハイフンで連結した一体の構成を有するものであり、右「MOTH-KILLER」および「モスキラー」は、いずれも原告が創造した新造語である。これら造語は、それ自体特別の意味を有するものでなく、また、本願の指定商品について普通に使用されている事実もない。被告は、防虫剤の効能書中に「KILLS MOTHS」の文字が見られることから、これらの文字はこの種の商品の製造業者が任意に採択使用しうべきものであると主張しているが、「MOTH-KILLER」「モスキラー」と「KILLS MOTHS」とは、文字の意味、感覚を全く異にしているものであり、「MOTH-KILLER」の文字は誰しもこれを採択使用しうるものではない。

しかるに、審決は、漫然と「MOTH」と「KILLER」とに分離しそれぞれ「が、しみ」「殺す人、消す物」との意味があるとし、「モス〇〇」「〇〇キラー」等のように普通に使用されているという。しかし、本願商標は「モス〇〇」「〇〇キラー」ではなく、「MOTH-KILLER」「モスキラー」の一連の構成を有するものであつて、審決が、これを分離判断しなければならない必然性につき審理しないでたやすく分離して結論を導き、「MOTH-KILLER」「モスキラー」の文字自体について審理を尽していないのは誤つている。

(二)  被告は、「MOTH」「モス」が「が、しみ」を意味するものとして防虫剤について普通に使用されている一例として「MOTH-BALL」を挙げ、この語はナフタリン、しよう脳等で作られた球状の虫除玉の普通名称となつていると述べている。しかし、「MOS-BALL」「モス・ボール」と二段に横書して成る商標が旧類別第一類化学品、薬剤および医療補助品を指定商品として登録されている(登録商標第二六二七四六号)。右登録商標は「MOTH-BALL」でなく「MOS-BALL」であるが、称呼はともに「モスボール」であるから、被告の言うように「MOTH-BALL」が普通名称であるならば、右登録商標は、特別顕著性を具備しないものとして登録できないか、それとも指定商品を球状の虫除玉として登録されるべきものである。しかるに、これが登録されているということは、「モス・ボール」が球状の虫除玉の普通名称と認められないのみならず、「モス〇〇」という言葉が防虫関係の塗布材につき普通に使用されていないことを示している。つぎに、「〇〇キラー」という言葉は、ただ標章「フマキラー」が防虫剤に使用されている以外、防虫関係に普通に使用されている事実はなく、日常語としても「マダムキラー」を別にすれば、「〇〇キラー」という言葉が使用されている事実はない。

しかるに、審決は防虫関係の塗布材に「モス〇〇」「〇〇キラー」等のように普通に使用されているというが、右に述べたようにその見解は正当でないのであつて、本願商標は指定商品との関係において商品の効能、用途を表示するものとは認められないのである。そして原告以外にかつて本願商標を使用したものがないことからしても、特別顕著性を具備していることが明らかである。

(三)  現実にも、「モスキラ」の文字を有する商標が旧類別第一類化学品、薬剤および医療補助品を指定商品として登録されたる事例(登録商標第三二九四六〇号)があり、また、原告の有する「モスキラー」の片仮名文字の下に「MOTH-KILLER」の欧文字を横書に併記して成る商標が旧類別第二類塗料その他本類に属する商品を指定商品として登録されている(登録商標第五〇五二五七号)が、前者の登録例は、殺虫剤、防虫剤を包含する旧類別第一類の指定商品について「モスキラ」の文字が特別顕著性を備えていることを示し、後者の登録例は、往々防虫等の役目を果す塗料について「MOTH-KILLER」の文字が特別顕著性を備えていることを示しているので、この点に鑑みれば、本願商標は特別顕著性を有していることがわかる。

被告は、前者の登録例につき、古い登録で本願の場合と同一視できないと述べるが、右登録のなされた昭和一五年当時英語は普及しており片仮名文字「モスキラ」から容易に英文字「MOTH-KILLER」を直観せられたものと認められるのに、これが登録が許されているのは、思うに、単なる造語であつて特別顕著性を肯定されたからにほかならない。また、被告は、後者の登録例につき、本来登録を許すべきものでなかつたと述べるが、右登録は昭和三二年七月のことに属し、担当審査官も、「MOTH-KILLER」「モスキラー」を全体として観た場合単なる造語であり、他にこのような文字を商標として使用している事実のなかつたことを肯認したことによるものである。原告としては、本願商標と同一に近い後者の登録が許されているのに、数年を経ない今日において本願商標の特別顕著性を否定されるのは納得できない。

(四)  審決の言うように、かりに、本願商標が「MOTH」と「KILLER」とに分離せられ、「が、しみを殺すもの」という意味があるとしても、本願商標の指定商品との関係においては特別顕著性を否定されるいわれはない。すなわち、本願商標の指定商品は、水路、貯水槽、濾過池等のコンクリートまたはモルタルの壁面上の藻、苔、鉄バクテリア、水虫等の附着を防止する塗布材であつて、それは「が、しみ」を対象とするものでない。「が」は空中を飛翔するもので、「しみ」は布地、紙等に附く虫で、いずれも水中に棲息するものではないから、本願商標をその指定商品に使用しても、なんらその効能、用途を表示するものではない。

被告は、指定商品がたとえ水中に棲息する虫の殺虫、防虫関係の用材であつてもこれに代る用語のない以上、やはり「MOTH」の文字を使用せざるをえない旨述べるが、水中に棲息する虫については「WATER INSECT」のごとき文字があるから、「MOTH」の文字を使用せざるをえないものではない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、つぎのように述べた。

一  原告主張の請求原因一および二の事実は認める。

二  同三の主張を争う。

(一) 原告は、「MOTH-KILLER」および「モスキラー」は原告の創造した新造語であると主張しているが、市販の防虫剤の効能書(乙第二、第三号証)中に同意義の文字すなわち「KILLS MOTHS」の文字が見られるのであつて、これら単純な英語はこの種の商品の製造業者が任意に採択使用しうべきものである。

(二)  審決の説示するように、「MOTH」「モス」の文字は「が、しみ」等を意味し、防虫剤について普通一般に使用されているものであり、このことは、たとえば「MOTH-BALL」といえばナフタリン、しよう脳等で作つた球状の虫除玉の普通名称で日本語同様に使用されている英語であることからも明らかである。つぎに、「KILLER」「キラー」の文字は「殺す人、殺すもの」を意味し、「マダムキラー」等日常語として親しまれ、しかも、防虫剤として周知著名な標章「フマキラー」のごとく防虫関係に使用されている。これによつてもかかる用語が防虫関係の用語として普通に採択使用されるものであることが明瞭である。してみれば、本願商標を防虫関係の用材に使用しても単に効能、用途を表示したにすぎないから、商標としての特別顕著の要件を具備していない。なお、原告は、「MOS-BALL」「モス・ボール」と二段に横書して成る登録商標を引用するが、これは一種の造語と認めたものと思われるから、本願商標の特別顕著性の有無の判断の資料とならない。

(三)  原告の引用する登録商標第三二九四六〇号は、片仮名書で英語の附記がなく、また古い登録で本願の場合と同一視することができない。また、登録商標第五〇五二五七号は、偶然に登録になつたもので本来登録を許すべきものではなかつたと思われるものである。

(四)  原告は、本願商標の指定商品は水中関係の塗布材であるから、「MOTH-KILLER」に「が、しみを殺すもの」という意味があるとしても、それは空中関係の効能、用途を表示したものであつて、水中関係の効能、用途を表示したものではないから、本願商標を指定商品に使用しても特別顕著性に欠けるところはない旨主張しているが、指定商品がたとえ水中に棲息する虫の殺虫、防虫関係の用材であつても、これに代る用語のない以上、やはり「MOTH」の文字を使用せざるをえないのである。このことは、原告がこの種の商品について効能、用途を表示するのに一番ふさわしい本願商標を採択したことによつてもうかがい知ることができる。また、空中を飛翔する害虫でもその幼虫は水中に棲息するものであり、さらに、原告提出の甲第七号証に本願商標の指定商品の適用ある水虫として掲げられている「しまとびけら」「きたがみとびけら」は、毛翅目に属する昆虫で幼虫は水中に棲息するが成虫は空中を飛ぶものであるから、これとても「MOTH」の一種で表わさるべきものである。要するに、本邦における殺虫、防虫剤関係者は人畜を害する虫を「MOTH」をもつて表わすのを常としている。したがつて、本願商標はその指定商品との関係において特別顕著性を欠如しているといわねばならない。

第四証拠関係<省略>

理由

一  原告主張の請求原因一および二の事実は当事者間に争がなく、右の事実によれば、本願商標は別紙記載のように「MOTH-KILLER」の欧文字を横書しその下部に「モスキラー」の片仮名文字を左横書に併記して構成された商標であり、指定商品は旧類別第七〇類「セメントを主材として防藻剤、防虫剤、防菌剤を混和して成る防藻、防虫、防菌塗布材」であることが認められる。

二  よつて、特別顕著性の有無について検討する。

(一)  原告は、「MOTH-KILLER」「モスキラー」は原告の創造した新造語であり、これら造語はそれ自体特別の意味を有するものではないのに、この一連の造語を分離判断した審決は間違いである旨主張する。しかし、商標がどのような観念を具えているかということは、当該商品の取引界の実情を客観的に観察して取引者、需要者の理解するところに従つて決定されることであつて、このことは、商標が造語から成るものであつても別段異るところはないと解せられる。本件についてみれば、「MOTH-KILLER」は二個の英単語をハイフンで繋いでいる点、また、「モスキラー」はその発音を日本文字に移し変えたものとみられる点において、見方によつては造語と言えないこともないとしても、造語であるというだけで常にそれ自体特別の意味を有しないとは言えない。造語は原告の主張するように特別の意味を有しないこともあるであろうが、「MOTH-KILLER」のように既存の単語がハイフンで繋がれているときは、これに接する者は、それが使用されている商品となるべく関連ずけて個個の単語の意味から全体の意味を把握して特定の観念を導き出すものと考えられるし、また、英文字に振り仮名のように附された片仮名文字が英文字の発音と近似しているときは、通常右英文字から生ずる観念と同一の観念を生ぜしめるものとみられる。したがつて、原告の主張は採用できない。

(二)  本件は、「MOTH-KILLER」「モスキラー」の文字が指定商品との関係で商品の効能表示、用途表示であると取引者、需要者に理解されるかどうかということである。そして、成立に争のない甲第八、第九号証の一、二、乙第一二号証の一ないし三と証人岩崎行男の証言により真正に成立したものと認められる甲第六、第七号証および同証言によれば、本願商標の使用される商品は、水路、貯水槽、瀘過池等のコンクリート、モルタルの壁面へ附着する藻、苔、鉄バクテリヤ、水虫等の附着することを防止しようとする塗布材であつて、ここにいう水虫は具体的には「しまとびけら」「きたがみとびけら」の幼虫であることが認められ、被告もこれ以外の害虫を指摘していない。したがつて、「MOTH-KILLER」「モスキラー」の文字が果して「しまとびけら」「きたがみとびけら」を駆除する効能、用途を表示するものと理解されるかどうかが、本件の問題となる。

よつて審究するに、成立に争のない乙第一号証の一、三、四によると、「MOTH」は英語として固有の意味は「が(蛾)、いが(衣蛾)」の意味であることが認められ、他方、前示甲第八号証の一、二、乙第一二号証の一ないし三によると、「しまとびけら」「きたがみとびけら」の属する「とびけら」は毛翅目の昆虫で、それは鱗翅目の昆虫である「が」とは異別のものであることが認められるのであつて、「MOTH」は英語固有の意味では「とびけら」を包摂しないものと解される。そして、右乙第一号証の一、三、四ならびに成立に争のない乙第二、第三号証によると、「MOTH BALL」は本来虫よけ玉(ナフタリン、しよう脳などで作つた球状の防虫剤)を意味し、また、衣類、毛織物、毛皮、書面等に附着する害虫を駆除、殺虫する効能、用途を表示するため「KILL MOTHS」の英文字が使用されることが認められ、この事実からすれば、「MOTH」の文字は防虫剤関係において右衣類等に附着する「いが」等の害虫を表現する語として使用され理解されているものと推認されるけれども、本訴において提出された証拠だけでは、「しまとびけら」「きたがみとびけら」等の「とびけら」を「MOTH」の文字をもつて表現しているような実情が取引界に存続している事実は、これを認めることができない。

この点につき、被告は、指定商品が水中に棲息する害虫の殺虫、防虫関係の用材であつても、「MOTH」に代る用語のない以上、水中に棲息する害虫を表現するのに「MOTH」の文字を当てるほかなく、本邦における殺虫、防虫剤関係者は害虫を表わすのに「MOTH」の文字をもつてするのを常としている旨主張するけれども、現実の取引界において「MOTH」の文字が被告の主張するように広義に使用され理解されている実情の認めるに足らないことは、前示のとおりである。さらに、被告は、「しまとびけら」「きたがみとびけら」の幼虫は水中に棲息しても成虫は空中を飛ぶものであるから「MOTH」の一種として表わされるべきものである旨主張するので附言すれば、甲第八号証の一、二と乙第一二号証の一ないし三によると右の事実を認めることができるが、成虫が空中を飛翔するとの一事から直ちに「MOTH」の文字に包摂して表わすのを相当とすると考えられないし、前示のように取引界でそのように使われている事実はこれを認めるべき証拠がない。

ところで、およそ英文字から成る商標が商品に使用された場合、英語固有の意味の範囲内でその全部または一部の意味に関する観念を生じることは実際の取引界においてしばしば見られるが、右固有の意味を超える特殊の観念を生じるのは格別の事情の認められる場合に限られると言つてよいであろう。してみれば、前示認定のように、「MOTH」は英語固有の意味において「とびけら」を含まないし、また、防虫剤関係の取引界において「とびけら」を表現するのに「MOTH」の文字が一般に使用されているような格別の事情も認められないとすれば、この「MOTH」の英文字に「殺すもの」を意味する「KILLER」なる英文字をハイフンで繋いだ「MOTH―KILLER」の文字、あるいは、「モスキラー」の片仮名文字を本願商標の指定商品に使用しても、取引者、需要者に右指定商品である「セメントを主材として防藻剤、防虫剤、防菌剤を混和して成る防藻、防虫、防菌塗布材」の効能を表示し、用途を表示したものとの観念を生ぜしめるものでないといわねばならない。

三  右の理由により、本願商標をその指定商品に使用しても商品の効能を表示し、または用途を表示したものと認められないと判断されるから、右と見解を異にした審決は、この点において、取り消すほかない。(もつとも、本件指定商品が前述のとおりでありとすれば、固有の意味において「が、いが」の類の観念を生ずる「MOTH」の語を、それとは関係のない本件指定商品に使用した本願商標が、旧商標法第二条第一項第十一号にいう「商品の誤認又は混同を生ぜしめる虞れのあるもの」に該当するかどうかは、別個に考慮せられるべき問題であろう。)

よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 多田貞治 吉井参也)

(別紙)本件商標

MOTH-KILLER

モス   キラー

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